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Isanan の駄文ブログ

… 自作小説(?)やら何やらの駄文を、気が向いたときにだらだらと書き連ねて行くブログです

 アシュウィンとレナは何とか逃れようと駆け出したが、敵はその行く手からも現われ進路
をふさいだ。そして今や二人は完全に追い詰められ、急峻な岩壁を背に囲まれる形となって
いた。先刻の経験からか敵はいきなり飛びかかっては来ず、代わりにじりじりと包囲の輪を
縮めつつあった。

「ちょっと、あんた達何者なのっ? 何の目的があってこんなことするのよ!」

 レナは怒鳴ったが、昆虫人間達はギチギチと耳障りな鳴き声を交わすばかりで返事は無かっ
た。何を話しているのか、こちらの言葉が通じているのかさえ見当がつかない。

「アッシュ、どう、何か勝算はあるの?」

「特に勝算とかはありませんが……」

 相変わらず他人事のようにアシュウィンが答えた。

「この人(?)達が何者かは思い当たらなくもありません。……おそらく、『闇の勢力』の
眷族では無いかと」

 この言葉を聞くと、それまで余裕そうにも見えた昆虫人間達の様子が変わった。互いに顔
を見合わせ啼くのを止め、そして剣を構え直し攻撃準備を整えた。膝を深く曲げ一斉に飛び
かかる体勢に入る。

 そのときのことだ。二人が背にした岩壁の上から突然、地響きのような音が響き渡った。
急速にこちらへ向かって来ている。規則的なその音は、巨大な生き物の足音のようにも聞こ
えた。そしてアシュウィン達の真上、岩壁の際でそれは止まった。昆虫人間達は攻撃をやめ、
アシュウィンとレナも息を詰めてじっと次の展開を待った。

 だがしばらく経っても、何も起きる気配は無かった。やがて少しづつ包囲の輪が緩み始め、
一人、二人と昆虫人間は退き出していた。そして森の暗がりの中へと去り、遂に全員姿を消
した。レナは小さく息を吐いて、アシュウィンに尋ねた。

「……ねえ、いったい何が起こってるの? 上には何がいて、何で奴等は退いたの?」

「うーん……、ちょっと見て来ましょう。スサクッ!」

「あっ、ちょっと待ちなさいよ!」

 突風が巻き起こって、アシュウィンの体が舞い上がった。そして風は彼の体を乗せ、その
まま岩壁の上へと運び上げた。降り立つとアシュウィンは周囲に視線を走らせた。

 そこには、今までと同じ森の風景が広がるばかりだった。木々の群れが影を作りどこまで
も立ち並ぶ。地響きの原因となるようなものは何一つ見当たらず、存在した気配すら無かっ
た。木立の中に何も見出せなかったアシュウィンは上を見上げた。巨木が彼を見下ろしてい
た。

 そのとき突然、何かがアシュウィンの足首をつかんだ。

「……アーシューウィーンー」

「わわっ、レナさん! 何をよじ登って来てるんですか? ちょ、ちょっと、危ないから放
してください」

「あなた、か弱い少女をよくも置き去りにしてくれたわねー」

「か弱い少女は垂直な岩壁をよじ登ったりしません! 何をする気ですか? 上がって来な
いで!」

「しかもさっきはどさくさに紛れて人のことを馬鹿力とか言って……、とっちめてやる!」

「そ、それはその……、うわーー!」

 崖の縁で押し合い引き合いを繰り返した結果、二人は体勢を崩して転落した。地面に激突
する寸前に風が吹き上げて受け止め、何とか大事には至らなかった。

「いやー、危ないところだった。スサク、ありがとう」

「ちょっと、まだ話は終ってないわよ!」

 レナは腕をまくって拳を構えた。

「まあまあ、落ち着いて。上では何も見つかりませんでしたが、代わりに耳寄りな情報があ
ります」

「何よ?」

「そう遠くないところに、かまどから立ち昇っているらしい煙が幾筋か見えました。そっち
へ行けば人家もあって、多分森から出られるのではないかと」

 レナは笑顔に変わってばしばしとアシュウィンと叩いた。

「偉いわアシュウィン! さあ、さっさと出発しましょう。早くしないと、日が暮れちゃう
わよ!」

 レナはまだアシュウィンが方向を示す前に、どんどんと歩き出した。アシュウィンは深く
一つ溜め息をついて、その後を追った。


(続く)
 二人はまた進み出したのだが、その道程はあまり順調とは言えなかった。何分道標がある
わけでも無いので、どの道を選ぶかでレナとアシュウィンの意見は何かと食い違った。その
度に一悶着起きることになり、おかげで遅々としてしか歩を進められなかったからだ。何度
もそんなことを繰り返して、結局はスサクに仲裁役を頼むこととなった。どちらへ進むべき
か伺いを立てるのだが、風の示す道はほとんど(と言うか全て)アシュウィンと同じでレナ
は全く納得がいかなかった。そしてまた今日も日の沈む時間が近付いて来ていた。

「……そろそろ、森から出られるはずよね?」

「ユマさんが言った通りならそのはずですけど。でも適当に進んで来ただけだから、出るも
出ないも今いったいどこにいるのやら」

「……もし、このまま野宿になったら、どうなるか分かってるんでしょうね?」

「そ、それは僕の命が危ないと言うことですか? ええと、もうすぐに出られると思います。
ほら、何だか人の気配がしませんか」

 このアシュウィンの白々しい返答に、レナはまた拳を構えた。だがその手が止まる。遠く
の暗がりに人影のようなものが動くのが見えた。

「まさか本当にいるとは」

「……あんたねー。ま、良いか。ねえ、そこの人ー! 森から出る道、ちょっと教えてもら
えませんかー?」

 レナが大声を出し呼びかけた。すると人影はすっと木陰に消え、そのまま現れなかった。

「何よっ! 人が頼んでるのに何で隠れるの?」

 不機嫌になってレナは人影のいた方へ向かおうとした。アシュウィンがその肩に手を置き
制止した。

「気を付けて、レナさん。様子がおかしいです」

 レナも立ち止まり、周囲に警戒の目を走らせた。森の深く繁った木々は幾重にも死角をつ
くっている。しかし静寂の中には何の気配も感じられなかった。レナは問いかけようとアシュ
ウィンの方を向いた。そのとき――

「危ないっ!」

頭上から黒い影が二人に襲いかかった。手には刃が光る。アシュウィンがかろうじて杖で受
け、体勢を崩して倒れた。影は地面に降り立ったが、マントとフードで身を隠し正体は知れ
ない。レナが短剣を抜き放ち切り付けた。硬い音をたてて剣先が弾かれる。下に鎧でも着込
んでいるのだろうか?

 敵は一瞬二人の様子を窺い、レナの頭上を越えて丸腰のアシュウィンへと跳びかかった。
人間の跳躍力では無かった。アシュウィンは倒れたまま杖をかざした。相手は一方の手でそ
の杖を払い、逆の手で剣を振り上げた。それが突き下ろされる寸前、アシュウィンの右手が
相手の脇腹を打った。叫び声が森の中に響き渡った。金属の軋り合うような呻き声をあげて、
敵はよろめきながら離れた。アシュウィンの右手から、皮膚を破って刃が突き出していた。
マントが体からずり落ち、相手の姿が露わになる。レナは息を呑んだ。

「……! 何なの、あれは?」

 それは人間では無かった。黒光りする甲胄のような皮膚、節くれだった手足、そして触角、
複眼、鋏のような顎まで備えたその顔は、昆虫そのものだった。脇腹から青い体液が吹き出
ている。アシュウィンの刃が正確に外甲の継目を切り裂いていた。その怪物――昆虫人間――
は軋り声をあげながら森の中に姿を消して行った。

「本当に、何だったんでしょう?」

 アシュウィンが立ち上がりながら他人事のように言った。その顔面にレナの裏拳が飛んだ。

「またその右手、やめなさいって言ったでしょう!」

 アシュウィンの右腕からは血が滴り落ちていた。アシュウィンの右半身には意識が通って
いない――自由が効かないとともに痛みを感じなかった。そしてその半身の体内に様々な武
器を仕込んであるのだが、その使用には自身が傷付くことが避けられなかった。それをレナ
は嫌っていたのだ。

「……心配して言ってくれてるのなら、もっと非暴力的な伝え方もあるのではと……」

「余計な口をきかないで、ちょっと見せなさい! あたしが包帯で巻いてあげるわ」

「レナさんの馬鹿力で巻かれたら、血が止まって壊死しちゃいますよ。それに、本当にそん
な余裕も無くなってきたみたいですし」

 森の中から、再び軋り声が聞こえた。そしてまたもマントとフードで身を隠した影が姿を
現した。だが今度はその数は一つでは無かった。幾つもの影が、二人を取り囲もうと距離を
詰めて来ていた。


(続く)
 翌朝、朝食もご馳走になり少し日も高くなってから、アシュウィンとレナは出発すること
となった。穏やかな陽光が、暗い森の中で小屋の周りだけを照らし出していた。

「それじゃあ、ユマさんもお元気で。お陰で昨晩は助かりました」

「本当にありがとう。何もお礼できることが無くて悪いのだけど……」

「気になさらないで下さい。困った時はお互い様ですから。私も、お二人と会話ができて久
しぶりに楽しい時を過ごすことができました」

 三人はそれぞれに別れを惜しんだ。そしてアシュウィンとレナは一夜を過ごした小屋を離
れ再び森の中へと入り進んだのだが、最後にユマの述べた言葉はやはり奇妙なものであった。

「そのまま森の中を進んでいただければ、自然とここから一番近い集落へと着くでしょう。
おそらく日の暮れるまでには。ただ、森から来たことが知れれば今はあまり歓迎されないか
もしれません……。ああ、それと! 森の中ではみだりに木を傷つけたり、まして火を焚い
たりはしないでください。絶対にです。……あと、私はできればお二人がなるべく早く、こ
の森から出て離れられたらと、そう願っています……」


 森の様子は昨日と変わり無かった。木々は深く地形は起伏が激しくて、その中は暗く見通
しが効かなかった。少し行くと、もう小屋のあった気配すら感じられなくなった。しばらく
歩き続けてから、アシュウィンが呟いた。

「……不思議だな」

「本当。良い子だったけど、不思議な少女だったわね」

「いえ、それもそうですが、僕が言いたいのはこの森のことです。レナさんは、昨晩の嵐の
ようなざわめきを聞きませんでしたか?」

 アシュウィンの問いかけにレナは首を横に振った。

「全然。ぐっすり眠ってたから何も気付かなかったわ」

「結構うるさかったと思うんですけど。……野宿どころか寝ている間に外にほっぽり出され
ても、レナさん別に平気なんじゃないんですか?」

 レナは右拳を脇の下に引き左足を前にして構えると、反動を付けてその拳をアシュウィン
に叩き付けた。アシュウィンは吹き飛ばされて倒れた。

「うるさいのはあんたの口よっ! そんなことを言うためにあたしに質問したの?」

「な、何もそこまでしなくても……。まあともかく、嵐があったにしては森にその痕跡が無
いんですよ。不思議でしょう?」

「言われてみればそうね。雨に濡れても、枝が折れてもいないようだし……」

 辺りを見回しながらレナが言った。アシュウィンが続けた。

「それに、一度歩いて来たはずの場所の風景が、何だか前と変わっている気がするんです。
他にも、獣の気配も感じないのにずっと何かに見張られているような……」

 レナは後ろを振り返った。暗く繁った木々が折り重なるように続いて、視界の果てまで覆
い尽くしていた。確かにたった今まで通っていたにもかかわらず、そこに自分の来た道筋を
たどるのは難しかった。歪み捩れた巨木の群れが取り囲んで、二人を監視しているようにも
思えた。レナはぶるっと体を震わすと、アシュウィンの脛を蹴り飛ばして足早に歩き出した。

「……今、何故、僕は蹴られたのですか?」

「あんたが怖がらすようなこと言うからよ! ほら、ぐずぐずしないで。あの子の言ってい
た通り、こんな森からさっさと抜け出てしまった方が良いわ!」


(続く)
 二人が通されたのは客人用の部屋のようだった。最近になって使われた形跡もあり、全く
少女一人きりの生活と言うわけでも無さそうだ。レナはベッドに腰かけて、さっさともう片
方の床に入ったアシュウィンに向けて問いかけた。

「ねえ、アッシュ。あんな繊細そうな女の子が一人でこんな場所に住んでいるなんて、やっ
ぱりおかしいと思わない?」

「うーん、どうでしょう。どう見ても図太そうなのに野宿を嫌がる人もいますからね」

 レナは殴りかかろうとしたが、距離が開いていたので手近にあったぬいぐるみを手に取り
投げつけた。それはアシュウィンの顔に当たってぽふっとはねたが、あまり痛手は負わせら
れなかったようだ。

「……そんなことに使うから、ぼろぼろになってこんな熊だか猫だか分からない代物になっ
ちゃうんですよ」

「うるさいわね! さっさと返してよ。それが無いとあたし寝られないんだから!」

 確かにぬいぐるみはいろいろな種類の布が不器用につぎはぎされて、熊にも猫にも、はた
また狸にも見えた。口の部分が大きく開くところを見ると元は手を入れて動かす型の人形だ
ったのかもしれない。アシュウィンはすでに寝床に深く潜り込んでおり手を伸ばすのも面倒
そうだった。彼は口の中でむにゃむにゃと何事か呟いた。するとぬいぐるみがすーっと浮き
上がり、そのままレナの手元まで運ばれて来て落ちた。レナは目を丸くした。

「ええっ! 今の何? 何をしたの?」

「スサクですよ。スサクにやってもらったんです」

 アシュウィンは眠そうに答えた。レナはむしろ興奮気味だった。

「スサクって、風を起こすだけじゃ無くてこう言うこともできるの?」

「小さい物を動かすくらいなら、ね。お金が無くなると、これで見世物をやって路銀を稼い
だりしているんです。種も仕掛けも無いから割と受けますよ」

「へーえ。 ねえ、今やって!」

「もう眠いし、レナさんは何もくれないから駄目です」

 レナは再びぬいぐるみを投げつけようとしたが、結局それは止めて自分もベッドに横にな
った。沈黙が続き、じりじりとランプの芯が焦げる音だけが響いた。しばらくしてまたレナ
が口を開いた。

「……アッシュ。私も、スサクと話をすることって、できないのかな?」

「それは僕に聞いても無駄ですよ。自分でもどうやってスサクと友達になったのか覚えてな
いんですから」

「そうだったわね。あんたは自分が何を探して旅をしているのかも忘れた、おバカさんだっ
たわね。……でも、私の言葉はスサクに通じているの?」

「どうでしょうか。ただ普通は、ジンに願いを聞き届けてもらおうとするのなら、それ相応
の犠牲を払う必要が……」

 アシュウィンはそのまま無言になった。レナは続きを待ったが、何も無いのでぬいぐるみ
を抱き寄せ毛布を肩まで引き上げた。だいぶ経ってからアシュウィンが言った。

「……試しに、やってみたらどうですか。スサクはそこにいます」

 それを聞くと、レナは中空を見つめた。何も無い一点に向けてじっと視線を集中する。そ
して深く息を吐いてから、ゆっくりと紡ぎ出すようにして言葉を続けた。

「……ねえ、スサク、私の声が聞こえてる? もし聞こえているのなら……」

レナの声が部屋の中に広がったが、空気は静まりかえっていた。ただそれは次の言葉を待っ
ているようでもあった。

「……私、もう寝たいから、そこのランプ消しといてくれないかな?」

 ランプの炎はそよぎともせず、何も起こらなかった。しばらく待ってもそのままだ。

「駄目みたいね、残念。ふぁーあ。じゃあ、おやすみ!」

 そう言うとレナは毛布をかぶってしまった。アシュウィンが寝床から体を起こした。

「……ランプは僕が消しておきますよ。おやすみなさい、レナさん」


 夜、アシュウィンは外で木々がざわめくのを聞いた。それは無数の大木が根元から揺さぶ
られているかのような、非常に激しいざわめきだった。まるで猛烈な嵐が森に襲いかかって
でもいるようだ。闇の中で、アシュウィンは窓の方へ目をやった。窓は閉じられ厚い帳が下
ろされている。そこに風の気配は無かった。少女との約束を思い出して、彼は再び目を閉じ
た。


続く
 しばらく行くと薮は抜けたが、森は深まるばかりだった。日が落ちつつあることもあって
辺りの暗さもまた増していた。しかし風は止むことなく進路を示し続けた。それに従い起伏
を乗り越え進んでいると、出し抜けにアシュウィンとレナは拓けた場所へとたどり着いた。
その一画だけは木が生えておらず中心には丸太で造られた小屋が建っている。もう夕暮れが
押し迫ろうとしていた。

「偉いわ、スサク! よく見つけたわね」

「でも不思議だな、こんな奥深くに小屋があるなんて。誰が住んでいるんでしょう?」

「誰もいなきゃ好都合。入り口を破って占拠するまでよ!」

 その声を聞きつけてか小屋の扉が少し開き、中からアシュウィンとレナの様子を窺う人影
が見えた。

「あら、人がいたのね。あの、すみません。旅の者ですが道に迷ってしまい困っています。
一晩泊めていただくわけにはいかないでしょうか?」

「おとなしく従わないと、この人にどんな目に会わされるか分かったもんじゃ無いですよ」

「ちょっと、何を人聞きの悪いこと言ってるのよ!」

「うわー! お願いです、人助けだと思って泊めてください。じゃないと僕が殺され……」

 レナはアシュウィンにつかみかかり締め上げた。そのとき小屋の扉が完全に開いた。そこ
に立っていたのは、一人の少女だった。少女は驚きと困惑の表情を浮かべて二人を見つめた。

 ***

「……こんなあり合わせの急ごしらえの物しかできなくて、お二人のお口に合うか分かりま
せんけど……」

「わーい。いただきまーす」

「悪いわね。宿ばかりか食事までご馳走になっちゃって」

それは山菜やキノコの入ったスープだった。旺盛な食欲を見せるアシュウィンとレナの姿を
見て、少女は少し微笑んだ。

 二人の頼みを少女は、――年の頃はアシュウィン達よりも少し下だろう、ユマと名乗った
――、快く了承してくれた。別にアシュウィンの脅迫が効いたわけではなく、見知らぬ訪問
者を歓迎してくれている様子だった。ただし泊めるために少女が出した条件は、いささか奇
妙なものだった。

「夜、何があっても、決して気になさらないでください。そして外は覗かないこと」

アシュウィンとレナがこの条件を飲まない理由も無かった。

「ねえ、ユマはこの小屋で一人で生活しているの?」

 食事も終わった頃になって、レナが尋ねた。小屋には他に人の気配は無かった。こんな人
里離れた森の奥深くに少女が一人でいるのは、確かに何とも不思議だった。だがその質問に
対してユマは困ったように下を向いて黙り込んでしまった。

「あ、いや良いのよ、別に。人にはそれぞれ事情があるでしょうし……」

 レナは慌てて取り消した。自身もラーナティアの姫君だと言う、自分の身分を隠しての旅
だ。あまり人のことを詮索する立場でも無かった。

「あの、床の仕度もできましたし、皆さんお疲れでしょうから今日はもうお休みになられた
ら……」

「そうね、そうさせてもらうわ。何から何まで本当に悪いわね」

実際にかなり疲れていたので、結局その日はそれで終わりと言うことになった。


続く