[自作小説] 森の秘密と二人の少女「森の奇妙な一夜」(5) | Isanan の駄文ブログ

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 二人はまた進み出したのだが、その道程はあまり順調とは言えなかった。何分道標がある
わけでも無いので、どの道を選ぶかでレナとアシュウィンの意見は何かと食い違った。その
度に一悶着起きることになり、おかげで遅々としてしか歩を進められなかったからだ。何度
もそんなことを繰り返して、結局はスサクに仲裁役を頼むこととなった。どちらへ進むべき
か伺いを立てるのだが、風の示す道はほとんど(と言うか全て)アシュウィンと同じでレナ
は全く納得がいかなかった。そしてまた今日も日の沈む時間が近付いて来ていた。

「……そろそろ、森から出られるはずよね?」

「ユマさんが言った通りならそのはずですけど。でも適当に進んで来ただけだから、出るも
出ないも今いったいどこにいるのやら」

「……もし、このまま野宿になったら、どうなるか分かってるんでしょうね?」

「そ、それは僕の命が危ないと言うことですか? ええと、もうすぐに出られると思います。
ほら、何だか人の気配がしませんか」

 このアシュウィンの白々しい返答に、レナはまた拳を構えた。だがその手が止まる。遠く
の暗がりに人影のようなものが動くのが見えた。

「まさか本当にいるとは」

「……あんたねー。ま、良いか。ねえ、そこの人ー! 森から出る道、ちょっと教えてもら
えませんかー?」

 レナが大声を出し呼びかけた。すると人影はすっと木陰に消え、そのまま現れなかった。

「何よっ! 人が頼んでるのに何で隠れるの?」

 不機嫌になってレナは人影のいた方へ向かおうとした。アシュウィンがその肩に手を置き
制止した。

「気を付けて、レナさん。様子がおかしいです」

 レナも立ち止まり、周囲に警戒の目を走らせた。森の深く繁った木々は幾重にも死角をつ
くっている。しかし静寂の中には何の気配も感じられなかった。レナは問いかけようとアシュ
ウィンの方を向いた。そのとき――

「危ないっ!」

頭上から黒い影が二人に襲いかかった。手には刃が光る。アシュウィンがかろうじて杖で受
け、体勢を崩して倒れた。影は地面に降り立ったが、マントとフードで身を隠し正体は知れ
ない。レナが短剣を抜き放ち切り付けた。硬い音をたてて剣先が弾かれる。下に鎧でも着込
んでいるのだろうか?

 敵は一瞬二人の様子を窺い、レナの頭上を越えて丸腰のアシュウィンへと跳びかかった。
人間の跳躍力では無かった。アシュウィンは倒れたまま杖をかざした。相手は一方の手でそ
の杖を払い、逆の手で剣を振り上げた。それが突き下ろされる寸前、アシュウィンの右手が
相手の脇腹を打った。叫び声が森の中に響き渡った。金属の軋り合うような呻き声をあげて、
敵はよろめきながら離れた。アシュウィンの右手から、皮膚を破って刃が突き出していた。
マントが体からずり落ち、相手の姿が露わになる。レナは息を呑んだ。

「……! 何なの、あれは?」

 それは人間では無かった。黒光りする甲胄のような皮膚、節くれだった手足、そして触角、
複眼、鋏のような顎まで備えたその顔は、昆虫そのものだった。脇腹から青い体液が吹き出
ている。アシュウィンの刃が正確に外甲の継目を切り裂いていた。その怪物――昆虫人間――
は軋り声をあげながら森の中に姿を消して行った。

「本当に、何だったんでしょう?」

 アシュウィンが立ち上がりながら他人事のように言った。その顔面にレナの裏拳が飛んだ。

「またその右手、やめなさいって言ったでしょう!」

 アシュウィンの右腕からは血が滴り落ちていた。アシュウィンの右半身には意識が通って
いない――自由が効かないとともに痛みを感じなかった。そしてその半身の体内に様々な武
器を仕込んであるのだが、その使用には自身が傷付くことが避けられなかった。それをレナ
は嫌っていたのだ。

「……心配して言ってくれてるのなら、もっと非暴力的な伝え方もあるのではと……」

「余計な口をきかないで、ちょっと見せなさい! あたしが包帯で巻いてあげるわ」

「レナさんの馬鹿力で巻かれたら、血が止まって壊死しちゃいますよ。それに、本当にそん
な余裕も無くなってきたみたいですし」

 森の中から、再び軋り声が聞こえた。そしてまたもマントとフードで身を隠した影が姿を
現した。だが今度はその数は一つでは無かった。幾つもの影が、二人を取り囲もうと距離を
詰めて来ていた。


(続く)