[自作小説] 森の秘密と二人の少女「森の奇妙な一夜」(6) | Isanan の駄文ブログ

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 アシュウィンとレナは何とか逃れようと駆け出したが、敵はその行く手からも現われ進路
をふさいだ。そして今や二人は完全に追い詰められ、急峻な岩壁を背に囲まれる形となって
いた。先刻の経験からか敵はいきなり飛びかかっては来ず、代わりにじりじりと包囲の輪を
縮めつつあった。

「ちょっと、あんた達何者なのっ? 何の目的があってこんなことするのよ!」

 レナは怒鳴ったが、昆虫人間達はギチギチと耳障りな鳴き声を交わすばかりで返事は無かっ
た。何を話しているのか、こちらの言葉が通じているのかさえ見当がつかない。

「アッシュ、どう、何か勝算はあるの?」

「特に勝算とかはありませんが……」

 相変わらず他人事のようにアシュウィンが答えた。

「この人(?)達が何者かは思い当たらなくもありません。……おそらく、『闇の勢力』の
眷族では無いかと」

 この言葉を聞くと、それまで余裕そうにも見えた昆虫人間達の様子が変わった。互いに顔
を見合わせ啼くのを止め、そして剣を構え直し攻撃準備を整えた。膝を深く曲げ一斉に飛び
かかる体勢に入る。

 そのときのことだ。二人が背にした岩壁の上から突然、地響きのような音が響き渡った。
急速にこちらへ向かって来ている。規則的なその音は、巨大な生き物の足音のようにも聞こ
えた。そしてアシュウィン達の真上、岩壁の際でそれは止まった。昆虫人間達は攻撃をやめ、
アシュウィンとレナも息を詰めてじっと次の展開を待った。

 だがしばらく経っても、何も起きる気配は無かった。やがて少しづつ包囲の輪が緩み始め、
一人、二人と昆虫人間は退き出していた。そして森の暗がりの中へと去り、遂に全員姿を消
した。レナは小さく息を吐いて、アシュウィンに尋ねた。

「……ねえ、いったい何が起こってるの? 上には何がいて、何で奴等は退いたの?」

「うーん……、ちょっと見て来ましょう。スサクッ!」

「あっ、ちょっと待ちなさいよ!」

 突風が巻き起こって、アシュウィンの体が舞い上がった。そして風は彼の体を乗せ、その
まま岩壁の上へと運び上げた。降り立つとアシュウィンは周囲に視線を走らせた。

 そこには、今までと同じ森の風景が広がるばかりだった。木々の群れが影を作りどこまで
も立ち並ぶ。地響きの原因となるようなものは何一つ見当たらず、存在した気配すら無かっ
た。木立の中に何も見出せなかったアシュウィンは上を見上げた。巨木が彼を見下ろしてい
た。

 そのとき突然、何かがアシュウィンの足首をつかんだ。

「……アーシューウィーンー」

「わわっ、レナさん! 何をよじ登って来てるんですか? ちょ、ちょっと、危ないから放
してください」

「あなた、か弱い少女をよくも置き去りにしてくれたわねー」

「か弱い少女は垂直な岩壁をよじ登ったりしません! 何をする気ですか? 上がって来な
いで!」

「しかもさっきはどさくさに紛れて人のことを馬鹿力とか言って……、とっちめてやる!」

「そ、それはその……、うわーー!」

 崖の縁で押し合い引き合いを繰り返した結果、二人は体勢を崩して転落した。地面に激突
する寸前に風が吹き上げて受け止め、何とか大事には至らなかった。

「いやー、危ないところだった。スサク、ありがとう」

「ちょっと、まだ話は終ってないわよ!」

 レナは腕をまくって拳を構えた。

「まあまあ、落ち着いて。上では何も見つかりませんでしたが、代わりに耳寄りな情報があ
ります」

「何よ?」

「そう遠くないところに、かまどから立ち昇っているらしい煙が幾筋か見えました。そっち
へ行けば人家もあって、多分森から出られるのではないかと」

 レナは笑顔に変わってばしばしとアシュウィンと叩いた。

「偉いわアシュウィン! さあ、さっさと出発しましょう。早くしないと、日が暮れちゃう
わよ!」

 レナはまだアシュウィンが方向を示す前に、どんどんと歩き出した。アシュウィンは深く
一つ溜め息をついて、その後を追った。


(続く)