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Isanan の駄文ブログ

… 自作小説(?)やら何やらの駄文を、気が向いたときにだらだらと書き連ねて行くブログです

「あー、もう、何なのよ、あいつはーっ! むーかーつーくーっ!」

 席に戻っても怒りが治まらない様子のレナに、タボンが弱り切った様子で声をかけた。

「いや、これは重ね重ね申し訳ありません。我等だけでは連続する怪事件の解決は困難と
判断して、あのような連中を雇ってみたのですが、どうも傭兵というのは柄の良くない性
質の輩が多いようでして。御怒りの程はごもっともですが、どうかここは私に免じてご容
赦ください」

「あ、いえそんな、別にタボンさんに謝ってもらうようなことではないですよ。それに怒っ
てなんか、ぜーんぜんいませんし。ぐぐっ!」

 指でフォークを捻じ曲げながらも、何とかレナは怒りを押し殺したようだ。だが今度は、
シャリーンがタボンに向かい声を挙げた。強い非難の調子が篭もっていた。

「ねえ、お父様、本気ですの? 里の者はまだしも、あんな人達を森に入れるなんて! 
どうか今からでも、考え直していただけませんか?」

 これを聞くとタボンは顔をしかめて唸るようなため息を一つ漏らした、だが無理して普
段の表情に戻ると、気を取り直したようにシャリーンを説き伏せ始めた。

「やれやれ、良いかね、シャリーン? わしとて、したくて許可したわけではないのだ。
だが事ここに至っては、こうする他に仕様があるまい。あの森が怪しいことにもはや疑い
の余地は無いし、敵の正体がわからぬ以上こちらも丸腰で対抗するわけにもいかぬ。とな
れば、ああいう連中の力を借りるしかないだろうが」

「でも怪しくはあっても、まだそうと決まったわけではありません。それにあの人達が森
に入れば、どのような振る舞いに出るかわかったものでないですわ! 私は、絶対に反対
です。緑篭館の主は、森を守るのがその務めではありませんか。それを、自ら森を荒らす
ようなことに許しを出すなど……」

 タボンの表情がまた険しくなり、声も厳しさを増した。

「また、その話か! 森ではなく、庄を守ること、領民の安全を保つこと。そこに、領主
の務めの第一があるのだ。これだけ消息を絶つ者が出て、今まさにそれが脅かされておる
というのに、まさか何もせぬまま黙って見過ごせとでも言う気なのか? シャリーン、森
に肩入れするのは勝手だ。別に古いしきたりを軽んじようとも思わぬ。だがそれにしても、
おまえは何かと森、森と、少し言い過ぎるのではないかね?」

「そんな……」

 タボンとシャリーンの言い合いが続くそのとき、アシュウィンが口を開いた。

「そういえばシャリーンさんは、今日も森に入ってたみたいですね」

 この言葉に場が静まり、シャリーンは恨みがましい視線をアシュウィンに向けた。次の
瞬間、激昂したタボンの怒鳴り声が響いた。

「な、何だとっ! おまえ、また森に行っていたのか? 普段ならいざ知らず、こんなと
きに何を考えておるのだ! 誰も森に近付くなと令を出して、領民一致で事態の解決に当
たろうというこのときに、領主の娘がそれでは示しが付かんだろうがっ。全くその年にも
なって、自覚というものが無いのか!」

 なおも続く叱責の言葉を、シャリーンは唇を噛み締めしばらく俯いて耐えていたが、や
おら席を蹴って立ち上がると、そのまま駆け出すように部屋を出て行ってしまった。タボ
ンは我に返り、息を落ち着けるとぎこちない作り笑いを浮かべた。

「これは……、つい興奮して、お客様に大変お見苦しいところをお見せしてしまいました。
何度も御不快な思いをさせて、真にお赦し願いたい。……いやしかし、どうもあの年頃に
なると、娘の考えることというのは、男親にはさっぱりわからないものでしてな……」

 そして自分も明朝の用意があるので失礼、と言い残し、タボンも部屋を後にした。二人
だけ部屋に残されると、レナはアシュウィンに思い切り肘打ちを食らわした。



(続く)
「どうされましたか、隊長殿? 何かお急ぎの用事でもありましたか?」

 タボンが声をかけたが、男はその問い掛けに答えず、代わりにアシュウィンとレナを無
遠慮に睨(ね)め回した。しばらくそうした後、ようやく男は口を開いた。

「別に」

 野太い声には、嘲りの響きがあった。兜の奥に下卑た笑みが浮かぶ。

「森から不審者が里に侵入したが、それが領主の館に入り込んだというので、雇い主にも
しものことがあってはと参上したまでですよ」

「ちょ、ちょっと! いったいそれって誰の……」

 レナが怒りを露わに立ち上がろうとし、アシュウィンが袖をつかんで制止した。タボン
が軽く咳払いをしてから言葉を続けた。

「この方達なら、我が娘シャリーンの客人です。そのような物言いは控えてもらいたい。
……それで、本当にそれだけの用件で来訪されたのですかな?」

「いや、まさか。これは失礼。傭兵暮らしが長いと、つい警戒心が先に立って礼儀の方は
おろそかになるものでしてな。ところで肝心の用件ですが、我等は賊が潜んでいるのはや
はり『生きとし森』に間違い無いとの結論に達しました! それで山狩り、もとい森狩り
をする許可を得に参ったのです」

「む、そうでしたか。すると、何か証拠でも見つかりましたか?」

 シャリーンが心配そうな顔で何か言おうとしたが、タボンはそれを制して会話を続けた。
ゲックは気にする風も無い。

「いいえ、何の証拠もありません。が、だからなのです! 森以外を隈なく捜索して何の
手がかりも無いとすれば、そこ以外に怪しい所は無いではないですか? まあ、そんな持
って回った手順など踏まなくても、我等は最初から賊の根城はあそこしかないと見当が付
いておりましたがな!」

「ちょっとあんた、偉そうに言うけど、要するにただの当てずっぽうじゃない!」

 レナが口を挟んだが、ゲックの傲然とした様子は変わらなかった。

「何だ小娘、よく知らんくせに生意気な口をきくな! 良いか? 今まで行方不明になっ
た者は全員、森の中を抜けようとしたか、その周縁を通っているところで消息が途絶えて
おるのだ。庄の外に連れ出された様子もない。となれば、森の中に引き込まれたとしか考
えられんではないか!」

「そんなの、それだけじゃわからないじゃない! 単に人目につかない場所が偶然森周辺
に当たっただけかもしれないし、行方不明はどこに行ったかわからないから行方不明なん
でしょう? それがどうして、森の中だって言い切れるのよっ!」

「いや、それがレナ殿、他にも幾つか状況が揃っておるのです」

 にらみ合うゲックとレナの横から、タボンが口を添えた。

「最近森の中で、怪しい影が何度も目撃されており、それが行方不明発生の時期と重なっ
ておるのです。さらに森から現れた正体不明の一団に追われ、危うく難を逃れた者が何人
かおります。そしてこんな僻地の庄ですから、外から多数の出入りがあれば必ず気付くは
ずが、警戒に当たってもその様子は無く、にもかかわらずその後も事件は相次ぐばかり。
となれば連れ去られた者達とその犯人がいるとすれば、やはりあの森ということに……」

「わかったか、小娘!」

 ゲックが勝ち誇ったように言った。レナが言い返せないのを見て、さらに畳み掛ける。

「だから我等傭兵が雇われたのだ。森に隠れ潜んだ、賊どもを退治するためにな! それ
で領主殿、我等としては明朝にも森狩りを開始したい。この手のことは、敵に感付かれぬ
よう速やかに行うのが良いですから。就いては案内役に、里の者を何人か出してほしいの
ですが、よろしいですかな?」

 タボンはしばし逡巡する様子を見せた。だがややあってから口を開いたとき、その口振
りは重いながらも断固としたものだった。

「むむう……、わかりました。協力しましょう」

「……お父様!」

「おまえは黙ってなさい! 隊長殿、協力はしますが、ただし同行する里の者の身に、危
険が及ぶことのないようにしていただきたい。また賊の正体も目的も未だに不明ですが、
行方不明になった者達が無事のようなら、そのときは救出を最優先に願います」

「ふん、引き受けましょう。何者かわからぬといえ、こんな辺鄙(へんぴ)な土地に拠点
を構える賊など、我等の相手になるとは到底思えませんからな! ……さて、用件は済ん
だので、去らしてもらうとしますか。では、御免!」

 ゲックはそう言い残し、来たときと同じように強引に使用人を押し退けて出て行こうと
した。だが突然立ち止まり、振り返ってアシュウィン達をにらみながらこう付け加えた。

「その者達を、やはり泊めぬ方が良いのでないですかな? ここ最近この地に限らず、不
穏な噂を耳にすることが多くなりましたから。もしかするとその二人も、先日ラーナティ
アで滅ぼされたとかいう賊の、残党かもしれませんぞ!」

 それだけ言うと、高笑いを挙げながらゲックは部屋から出て行った。怒り心頭で飛び出
そうとするレナを、アシュウィンが腰にしがみついて止めた。



(続く)

「これはこれは、うちの庄の者が旅のお方に御無礼を働いてしまったようで。いや、領主
として、深くお詫びいたします」

 そう言ってシャリーンの父、ナメアカ庄の領主タボンは、軽く腰を浮かして卓に手をつ
くと深々と頭を下げた。アシュウィンとレナは今、シャリーンの館、すなわちこの庄の領
主の屋敷である「緑篭館」に招かれ、タボン、シャリーンとともに四人で晩餐を囲んでい
たのだった。

 緑篭館は、さほど大きくは無いものの領主の居館として充分によく手の入れられた、簡
素ながらも厳かさを備えた建物だった。だがいろいろと奇妙なところもあった。一つは、
部分により建築の年代が大きく違うことだ。上層部ほど新たに建て増した構造をしている。
それ自体はそう珍しいことでも無いだろうが、土台に近い部分の古さは相当なもので、そ
れはまるで、古代の遺跡かと思わせるほどの年期を漂わせていた。

 そしてもう一つ奇妙だったのが、その立地である。このナメアカ庄の集落は前にアシュ
ウィン達が見た通り、高台の崖に接してその下側に広がっていたのだが、この緑篭館一軒
だけは高台の上に、アシュウィン達が夕までさまよっていた、あの森の中に位置していた
のだ。そして崖の縁にせり出すようにして建ち、集落側から伸びる細い階段は途中で崖の
壁面に当たってそこからは地面の中を掘り進み、出入口は館の地下部分に設ける形になっ
ていた。後から建て付け加えたものと思われた。

 だがそのような奇妙さが特に今、アシュウィン達の前の晩餐に影響を及ぼしているわけ
ではなかった。燭台に照らされた食卓に並ぶ料理は素朴だがどれも手がかかっていて、客
人へのもてなしの心が感じられるものばかりだった。

「いえそんな、お詫びだなんてとんでもありません! 気になさらないでください。むし
ろこうして泊めていただけてこっちとしては感謝するばかりで、本当にありがとうござい
ます!」

 レナが応えた。アシュウィンも口の中に食べ物を詰め込んだまま無言で頷き同意する。
この返事を聞くと、タボンは満足そうな笑みを浮かべて改めて席についた。如何にも地方
領主といった雰囲気の、実直さと威厳の両方が感じられる男だった。彼は話を続けた。

「この里は街道筋から少し離れて普段から旅人も立寄らないような田舎なので、確かに他
所から来たと聞いただけでちょっと身構えてしまうような気質は元からあるのですが、そ
れにしても本来ならあんな失礼な、攻撃的な態度に出ることはないのですが……」

 そこで一度言葉が途切れ、タボンの表情が曇った。

「しかし、今はそれもやむを得ない事情があるのです。……実はここ最近、この辺りで怪
事件が相次いでおりましてな。深刻なことに行方不明者まで出ておるのです」

「まあ、行方不明者まで! ……ええとあの、それで、怪事件と言うのは?」

 レナは驚いた顔をしたが、少しわざとらしかった。怪事件と聞いて、思い当たる節があ
り過ぎるくらいだったからだ。タボンはレナの質問に答えるのにやや躊躇した様子を見せ、
逆に尋ね返してきた。

「ううむ。……お二人は、森を抜けて来られたとのことですが、何か非常に変わったこと
や、身に危険を感じられたということはなかったでしょうか?」

 レナとアシュウィンは一瞬視線を交わし、二人合わせて首を横に振った。昨日の晩より
森で体験したことを、今ここで話して良いものか判断がつかなかった。昆虫人間の襲撃に
ついて話せばどうやって切り抜けたかを、アシュウィンの体の秘密やスサクについても、
説明することになりそうでそれは避けたかったし、そして森で出会った少女、ユマに関し
て、シャリーンの前で触れて良いかどうかもはかりかねた。取りあえずは知らぬふりを決
め込むのが得策と思えた。

「そうでしたか。いや、それなら結構。無事で何よりでした。というのはあの森は、――
この里では古くから『生きとしの森』と呼び習わしておるのですが――、以前よりいろい
ろと奇怪な話の絶えぬ場所でしてな。多くの言い伝え、伝説の類いも残されておりますが、
中には、『あそこは妖魔の棲む森だ』とも……」

「我等に加護を与える、神聖な土地だとの伝承もあるのですよ」

 そのとき晩餐になってから初めてシャリーンが口を開いた。

「だから森を決して荒らしてはならないと。里の者は今もその伝統を守って、みだりに森
に立ち入らないようにしてますの。領主の使命も、それなのです。ナメアカ庄の領主は、
緑篭館の主は古より代々森の守り役を受け継いでいて、伝わるに曰く『森が繁れば館も栄
え、森が枯れれば館も滅ぶ』と……」

「そういう伝説が、あるというだけのことです」

 シャリーンの言葉に、タボンは不愉快そうな様子を見せた。

「かつてわしの四代前の先祖がこの地に赴任してきた頃、里は荒廃していてこの館も無人
だったそうです。ですからそれより昔のことは、あまり詳しくは伝わっていないのです。
ただその後に新しく入植してきた領民達も古いしきたり通り、この館の背後に広がる森に
今も足を踏み入れようとしないことは事実ですが。しかしそれは聖地だからというより、
むしろ気味悪がって近付こうとしないと言う方が近いかもしれませんな」

「お父様……」

 シャリーンが何事か言い返そうとした。しかしそのときドアの外で急に騒がしい気配が
したかと思うと、使用人の一人が慌てて部屋に入ってきた。

「あの、タボン様」

「何だ? 来客中に騒々しい」

「それが、ゲック様が来られて、急にお目通し願いたいと……」

 その言葉を言い終える前に、使用人を強引に押し退けるようにして一人の男が姿を現し
た。それは黒い兜と甲冑にマントをまとった、頑強そうな兵士だった。



(続く)


「シャリーンさん! もちろんあなたは別です。まさか領主様の娘さんを、野宿させるわ
けには行きませんよ。さあどうぞ、早く入ってください」

 今までが嘘のように柔和な顔になって、門番はいそいそと扉を開けた。しかし何故か、
少女はすぐには入ろうとしない。どうもアシュウィンとレナの方を窺っている様子だ。

(…………?)

 アシュウィン達も少女の方を窺い返したのだが、すでにすっかり日は落ちて辺りは暗く、
闇に隠されその姿はよく見ることができなかった。そのとき、少女が再びそのか細い声を
あげた。

「その、この方達も、一緒に入れてあげられませんか? 悪い人では無さそうですし……。
お父様には、私から説明しますから」

 この頼みに門番は何如にも驚いた様子をした。それはアシュウィンとレナもだった。門
番は一瞬何か言い返そうとし、だがすぐにあきらめたようにアシュウィン達に入るように
促した。二人も戸惑いながらも門をくぐろうとする。しかし途中で、レナが立ち止まった。
アシュウィンが囁き声で尋ねる。

「どうしたんです? 向こうの気が変わらないうちに、早く入った方が良いですよ」

「う、うん……」

 だがレナは歩き出さず、代わりにくるりと向きを変え、まだ門の外にいる少女に声をか
けた。

「ねえ、あの、そこの二人も、ついでに入れてあげられないかな?」

 そう言ってレナが指差したのは、女戦士と大男だった。少女は訴えかけるように門番を
見つめ、門番は首を横に振って応えた。しかし少女はまた小さく、だがはっきりと言った。

「……よろしくお願いします」

 門番はまた根負けし、苦虫を噛み潰したような何とも不服そうな顔で残りの二人も招き
入れた。全員が入って、大きく音をたてて門が閉まる。女戦士がレナの横に近付いた。

「よおっ! 一応、礼は言っておくよ。ありがとさん。でもいったい、どう言う風の吹き
回しだい?」

「別に、魔封洞で助けてもらった御礼よ。気にしないで」

 レナは何でも無さそうに答えた。女戦士は小さく肩をすくめた。

「ふん。それならこっちも、借りを返すのは後回しにしといてやるよ。おい、行くぞゲオ
ルグ」

 そう大男に声をかけ立ち去ろうとする。だが

「……姐御、どこへだよ?」

 と大男が返されすぐに立ち止まった。ちょうどそこに、少女が歩み寄ってきた。

「あ……。なあ、あんた。傭兵に応募するには、どこへ行けば良いか知ってるかい?」

「それなら、今は宿屋が受付場所になっています。……あちらの道を行けば看板が出てい
るので、すぐにわかりますわ」

 少女の返事に軽く礼を返して、姐御とゲオルグと呼び合った女戦士と大男の二人はすっ
かり暗くなった夜道へと姿を消して行った。それを見送ってから、今度はレナが闇の中に
佇む少女に向けて声をかけた。

「ええと、シャリーン? 本当にありがとう! 助かったわ。一時はどうなることかと
……」

「全く、あなたは僕の命の恩人です。あのまま野宿だったら僕はこの人に……、ぐふっ!」

 レナの肘鉄を食らってアシュウィンがうずくまる。少女はそんな二人の様子に少し戸惑
いながらも、こう応えた。

「……あ、いえ、お気になさらないでください。でもあの、実は、この集落の宿屋は今、
先程のような事情で使えないのです。……それでその、皆さんが泊まる場所に困るようで
したら、もしよろしければ、私の館にお泊まりになりませんか?」

「ええ! 良いの? でもこんな急に……」

「たいした歓迎はできませんけど、小さいながらもナメアカ庄の領主の館です。お二人を
お泊めするくらいなら……」

「シャリーンさんっ!」

 会話を遮って、門番の声が飛んだ。

「明かりの用意をしたから、持って行ってください。集落の中も、もう夜道は暗いですか
らっ」

「あ……。私、ちょっと行って来ますね」

 少女は門番のところに戻った。門番は明かりを渡すだけではなく、少女を呼び止めて何
やら言っているようだ。おそらく、アシュウィン達を泊めるのを止めるように説得してい
るのだろう。

「ちょっとアッシュ、せっかくこんな良い申し出をしてもらったのに、あんた何でずっと
黙って座りっぱなしなのよ? 失礼じゃない、えいっ!」

「ぎゃふんっ! ……じ、自分でやっておいてひどい人だ。それにくらべてあの少女はと
ても優しくて良い人ですね。でも、こんな凶暴な人間は確かに泊めない方が良いと、僕も
説得にまわった方が……」

「あら、黙ってた割には随分無駄口を叩く余裕があるじゃない? そのことを、死ぬほど
後悔させてあげる!」

「わわっ! ちょ、ちょっと待って。レナさん、おかしいと感じませんでしたか?」

「はあ、何がよ? あたしのこと!」

「いや、それもそうですが、そうじゃなくて……、あの、今の少女のことです。僕達、前
に彼女に会っていませんか?」

「……え?」

 そのとき、門番と言い合いながら少女がアシュウィン達の方へ戻って来た。

「……あの、本当に私一人で平気ですから、あなたはどうか、持ち場に戻ってください」

「いえ、せめて館までお送りしないと……」

「そしたら、誰が番を務めますの? そちらの方が、私がお父様に叱られてしまいます」

「う……! では、何かあったら大きな声で助けを求めてください。集落中の人間が駆け
付けますから!」

 そう言い残して、門番は番所に戻って行った。その後ろ姿をため息で見送ってから、手
に明かりを携え少女はアシュウィン達の方を振り向いた。

「大変に失礼しましたわ。申し訳ありません。今は皆、少し気が立っておりますの。訳は、
おいおいお話し致します。それよりまず私の館に来て、旅の疲れをお癒しになってくださ
い」

 そう言って、少女はアシュウィンとレナに微笑みかけた。だが二人は、すぐにそれに返
答を返すことはできなかった。何故なら明かりに浮かびあがった少女のその顔は、森で出
会った少女――ユマ――に瓜二つだったからだ。



(続く)

 歩き出してすぐに、二人は森の端へと到達した。そこでは長く続く崖が森を断ち切り、森
側は高台を形成していた。アシュウィンの言った通り煙の筋と集落らしきものの影をそこか
ら見晴らすこともできた。崖には階段が造られていて下に降りるのに苦労は無かった。崖の
下側も森には変わりなかったのだが、そこは今までと違いところどころ果樹園や畑になった、
人の手の入った森だった。

 アシュウィンとレナは何とか完全に暗くなる前にその集落へたどり着いた。冊と塀が端を
崖に接して集落を囲むように伸びている。出入りの門が構えられていたが、扉は閉められて
いた。二人はその前に立った。

「ようやく着いたわね。一時はどうなることかと思ったわ」

「……僕は、どうも嫌な予感がします」

「何か言った? あの、すみません。旅の者ですが、中に入れてほしいので門を開けてもら
えませんか?」

 覗き窓が開いて、門番らしき男が顔を出した。

「駄目だ! 日が暮れたら、何人も入れてはならないとのお達しだ」

 この言葉に二人は驚き、そして息巻いた。

「な、何ですって? ちょっと、あたし達がどれだけ大変な思いをしてここまで来たと思っ
てるのよ。訳の分からないことを言ってないで開けなさい!」

「そうです。こっちは野宿かどうかで命が懸かってるんですから。お願い、僕を見殺しにし
ないで!」

「訳のわからんことを言ってるのはお前らだ! ともかく領主様の命令で、日没後は里に外
から人を入れるなとのことだ。お前らもそこの連中みたいに、どこかでおとなしくしてろ!」

 門番はそう怒鳴って手を差し伸ばした。その示す先には塀に寄りかかって座り込む二つの
人影があった。

「おや?」

「あ、あなた達!」

 アシュウィンとレナは二人に見覚えがあった。相手も同じだ。

「ん? ああ、お前らは……!」

 一人は女で、もう一人は大男だった。彼等が以前に出会ったのは、ラーナティアで、それ
も魔封洞の中でのことだ。その二人は闇の勢力に属する、半人半獣の戦士達だった。


 女戦士は尖った耳を頭巾で、大男も覆面をすっぽりと被りその狼のような顔を隠していた。
二人とも以前と同じように武装していたが今は旅装束だ。かつてアシュウィンとレナは闇の
勢力の根城となっていた魔封洞で、この二人に捕まったり命を助けられたりしたことがあっ
た。そしてその後魔封洞はアシュウィンとレナの活躍(?)もあって、内部の闇の勢力の軍
団もろともに壊滅したのだった。

「……ええと、お二人とも無事な様子で何よりで」

「ほ、本当に、良かったわね、会えて嬉しいわ」

 と言ってアシュウィンとレナはぎこちない笑顔を作った。女戦士は怒鳴り返した。

「なんだとーっ! お前らのせいで、こっちがどれだけ大変な目にあったと思ってるんだ?
 魔封洞での借りを……」

 興奮する女戦士を大男があわてて口をふさいで制止した。

「まあ、姐御、落ち着いて。今、ここでその話はまずいって」

 門番がその様子を何如にも不審そうに見つめながら

「何だ、お前達仲間か? それならちょうど良い。四人仲良く野宿してれば良いじゃないか」

と言って、姐御と呼ばれた女戦士はさらに興奮した。

「誰が仲間だ! だいたいあたし達は、ここの領主が出した傭兵募集の張り紙を見て来てやっ
たんだ。それなのに門前払いとはどう言うことだ?」

 しかし門番は耳を貸そうとしない。レナも続いて声をあげた。

「こっちだって、もう歩き続けてくたくたなんだから。一日中おかしな森の中をさまよった
身にもなってよ!」

「森? 森から来ただとー?」

 レナの言葉に、それまで興味無さそうに聞き流していた門番の様子が変わった。

「それなら、なおさら入れてはやれん! 今すぐここから立ち去って、二度と戻って来るな。
森から来る者は昼だろうが夜だろうが追い返せと、そういうお達しだ。さあ、行け!」

 この門番の劍幕に、レナは応戦して扉を蹴破ろうとした。そのときアシュウィンとレナの
後から、澄んだ声が申しわけ無さそうに響いた。

「……あの、すると私も、やっぱり入れないのでしょうか?」

 振り向くとそこの暗がりに、少女が一人立っていた。


(続く)