[自作小説] 森の秘密と二人の少女「森の奇妙な一夜」(3) | Isanan の駄文ブログ

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 二人が通されたのは客人用の部屋のようだった。最近になって使われた形跡もあり、全く
少女一人きりの生活と言うわけでも無さそうだ。レナはベッドに腰かけて、さっさともう片
方の床に入ったアシュウィンに向けて問いかけた。

「ねえ、アッシュ。あんな繊細そうな女の子が一人でこんな場所に住んでいるなんて、やっ
ぱりおかしいと思わない?」

「うーん、どうでしょう。どう見ても図太そうなのに野宿を嫌がる人もいますからね」

 レナは殴りかかろうとしたが、距離が開いていたので手近にあったぬいぐるみを手に取り
投げつけた。それはアシュウィンの顔に当たってぽふっとはねたが、あまり痛手は負わせら
れなかったようだ。

「……そんなことに使うから、ぼろぼろになってこんな熊だか猫だか分からない代物になっ
ちゃうんですよ」

「うるさいわね! さっさと返してよ。それが無いとあたし寝られないんだから!」

 確かにぬいぐるみはいろいろな種類の布が不器用につぎはぎされて、熊にも猫にも、はた
また狸にも見えた。口の部分が大きく開くところを見ると元は手を入れて動かす型の人形だ
ったのかもしれない。アシュウィンはすでに寝床に深く潜り込んでおり手を伸ばすのも面倒
そうだった。彼は口の中でむにゃむにゃと何事か呟いた。するとぬいぐるみがすーっと浮き
上がり、そのままレナの手元まで運ばれて来て落ちた。レナは目を丸くした。

「ええっ! 今の何? 何をしたの?」

「スサクですよ。スサクにやってもらったんです」

 アシュウィンは眠そうに答えた。レナはむしろ興奮気味だった。

「スサクって、風を起こすだけじゃ無くてこう言うこともできるの?」

「小さい物を動かすくらいなら、ね。お金が無くなると、これで見世物をやって路銀を稼い
だりしているんです。種も仕掛けも無いから割と受けますよ」

「へーえ。 ねえ、今やって!」

「もう眠いし、レナさんは何もくれないから駄目です」

 レナは再びぬいぐるみを投げつけようとしたが、結局それは止めて自分もベッドに横にな
った。沈黙が続き、じりじりとランプの芯が焦げる音だけが響いた。しばらくしてまたレナ
が口を開いた。

「……アッシュ。私も、スサクと話をすることって、できないのかな?」

「それは僕に聞いても無駄ですよ。自分でもどうやってスサクと友達になったのか覚えてな
いんですから」

「そうだったわね。あんたは自分が何を探して旅をしているのかも忘れた、おバカさんだっ
たわね。……でも、私の言葉はスサクに通じているの?」

「どうでしょうか。ただ普通は、ジンに願いを聞き届けてもらおうとするのなら、それ相応
の犠牲を払う必要が……」

 アシュウィンはそのまま無言になった。レナは続きを待ったが、何も無いのでぬいぐるみ
を抱き寄せ毛布を肩まで引き上げた。だいぶ経ってからアシュウィンが言った。

「……試しに、やってみたらどうですか。スサクはそこにいます」

 それを聞くと、レナは中空を見つめた。何も無い一点に向けてじっと視線を集中する。そ
して深く息を吐いてから、ゆっくりと紡ぎ出すようにして言葉を続けた。

「……ねえ、スサク、私の声が聞こえてる? もし聞こえているのなら……」

レナの声が部屋の中に広がったが、空気は静まりかえっていた。ただそれは次の言葉を待っ
ているようでもあった。

「……私、もう寝たいから、そこのランプ消しといてくれないかな?」

 ランプの炎はそよぎともせず、何も起こらなかった。しばらく待ってもそのままだ。

「駄目みたいね、残念。ふぁーあ。じゃあ、おやすみ!」

 そう言うとレナは毛布をかぶってしまった。アシュウィンが寝床から体を起こした。

「……ランプは僕が消しておきますよ。おやすみなさい、レナさん」


 夜、アシュウィンは外で木々がざわめくのを聞いた。それは無数の大木が根元から揺さぶ
られているかのような、非常に激しいざわめきだった。まるで猛烈な嵐が森に襲いかかって
でもいるようだ。闇の中で、アシュウィンは窓の方へ目をやった。窓は閉じられ厚い帳が下
ろされている。そこに風の気配は無かった。少女との約束を思い出して、彼は再び目を閉じ
た。


続く