[自作小説] 森の秘密と二人の少女「緑籠館の晩餐」(4) | Isanan の駄文ブログ

Isanan の駄文ブログ

… 自作小説(?)やら何やらの駄文を、気が向いたときにだらだらと書き連ねて行くブログです

「どうされましたか、隊長殿? 何かお急ぎの用事でもありましたか?」

 タボンが声をかけたが、男はその問い掛けに答えず、代わりにアシュウィンとレナを無
遠慮に睨(ね)め回した。しばらくそうした後、ようやく男は口を開いた。

「別に」

 野太い声には、嘲りの響きがあった。兜の奥に下卑た笑みが浮かぶ。

「森から不審者が里に侵入したが、それが領主の館に入り込んだというので、雇い主にも
しものことがあってはと参上したまでですよ」

「ちょ、ちょっと! いったいそれって誰の……」

 レナが怒りを露わに立ち上がろうとし、アシュウィンが袖をつかんで制止した。タボン
が軽く咳払いをしてから言葉を続けた。

「この方達なら、我が娘シャリーンの客人です。そのような物言いは控えてもらいたい。
……それで、本当にそれだけの用件で来訪されたのですかな?」

「いや、まさか。これは失礼。傭兵暮らしが長いと、つい警戒心が先に立って礼儀の方は
おろそかになるものでしてな。ところで肝心の用件ですが、我等は賊が潜んでいるのはや
はり『生きとし森』に間違い無いとの結論に達しました! それで山狩り、もとい森狩り
をする許可を得に参ったのです」

「む、そうでしたか。すると、何か証拠でも見つかりましたか?」

 シャリーンが心配そうな顔で何か言おうとしたが、タボンはそれを制して会話を続けた。
ゲックは気にする風も無い。

「いいえ、何の証拠もありません。が、だからなのです! 森以外を隈なく捜索して何の
手がかりも無いとすれば、そこ以外に怪しい所は無いではないですか? まあ、そんな持
って回った手順など踏まなくても、我等は最初から賊の根城はあそこしかないと見当が付
いておりましたがな!」

「ちょっとあんた、偉そうに言うけど、要するにただの当てずっぽうじゃない!」

 レナが口を挟んだが、ゲックの傲然とした様子は変わらなかった。

「何だ小娘、よく知らんくせに生意気な口をきくな! 良いか? 今まで行方不明になっ
た者は全員、森の中を抜けようとしたか、その周縁を通っているところで消息が途絶えて
おるのだ。庄の外に連れ出された様子もない。となれば、森の中に引き込まれたとしか考
えられんではないか!」

「そんなの、それだけじゃわからないじゃない! 単に人目につかない場所が偶然森周辺
に当たっただけかもしれないし、行方不明はどこに行ったかわからないから行方不明なん
でしょう? それがどうして、森の中だって言い切れるのよっ!」

「いや、それがレナ殿、他にも幾つか状況が揃っておるのです」

 にらみ合うゲックとレナの横から、タボンが口を添えた。

「最近森の中で、怪しい影が何度も目撃されており、それが行方不明発生の時期と重なっ
ておるのです。さらに森から現れた正体不明の一団に追われ、危うく難を逃れた者が何人
かおります。そしてこんな僻地の庄ですから、外から多数の出入りがあれば必ず気付くは
ずが、警戒に当たってもその様子は無く、にもかかわらずその後も事件は相次ぐばかり。
となれば連れ去られた者達とその犯人がいるとすれば、やはりあの森ということに……」

「わかったか、小娘!」

 ゲックが勝ち誇ったように言った。レナが言い返せないのを見て、さらに畳み掛ける。

「だから我等傭兵が雇われたのだ。森に隠れ潜んだ、賊どもを退治するためにな! それ
で領主殿、我等としては明朝にも森狩りを開始したい。この手のことは、敵に感付かれぬ
よう速やかに行うのが良いですから。就いては案内役に、里の者を何人か出してほしいの
ですが、よろしいですかな?」

 タボンはしばし逡巡する様子を見せた。だがややあってから口を開いたとき、その口振
りは重いながらも断固としたものだった。

「むむう……、わかりました。協力しましょう」

「……お父様!」

「おまえは黙ってなさい! 隊長殿、協力はしますが、ただし同行する里の者の身に、危
険が及ぶことのないようにしていただきたい。また賊の正体も目的も未だに不明ですが、
行方不明になった者達が無事のようなら、そのときは救出を最優先に願います」

「ふん、引き受けましょう。何者かわからぬといえ、こんな辺鄙(へんぴ)な土地に拠点
を構える賊など、我等の相手になるとは到底思えませんからな! ……さて、用件は済ん
だので、去らしてもらうとしますか。では、御免!」

 ゲックはそう言い残し、来たときと同じように強引に使用人を押し退けて出て行こうと
した。だが突然立ち止まり、振り返ってアシュウィン達をにらみながらこう付け加えた。

「その者達を、やはり泊めぬ方が良いのでないですかな? ここ最近この地に限らず、不
穏な噂を耳にすることが多くなりましたから。もしかするとその二人も、先日ラーナティ
アで滅ぼされたとかいう賊の、残党かもしれませんぞ!」

 それだけ言うと、高笑いを挙げながらゲックは部屋から出て行った。怒り心頭で飛び出
そうとするレナを、アシュウィンが腰にしがみついて止めた。



(続く)