[自作小説] 森の秘密と二人の少女「緑籠館の晩餐」(2) | Isanan の駄文ブログ

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「シャリーンさん! もちろんあなたは別です。まさか領主様の娘さんを、野宿させるわ
けには行きませんよ。さあどうぞ、早く入ってください」

 今までが嘘のように柔和な顔になって、門番はいそいそと扉を開けた。しかし何故か、
少女はすぐには入ろうとしない。どうもアシュウィンとレナの方を窺っている様子だ。

(…………?)

 アシュウィン達も少女の方を窺い返したのだが、すでにすっかり日は落ちて辺りは暗く、
闇に隠されその姿はよく見ることができなかった。そのとき、少女が再びそのか細い声を
あげた。

「その、この方達も、一緒に入れてあげられませんか? 悪い人では無さそうですし……。
お父様には、私から説明しますから」

 この頼みに門番は何如にも驚いた様子をした。それはアシュウィンとレナもだった。門
番は一瞬何か言い返そうとし、だがすぐにあきらめたようにアシュウィン達に入るように
促した。二人も戸惑いながらも門をくぐろうとする。しかし途中で、レナが立ち止まった。
アシュウィンが囁き声で尋ねる。

「どうしたんです? 向こうの気が変わらないうちに、早く入った方が良いですよ」

「う、うん……」

 だがレナは歩き出さず、代わりにくるりと向きを変え、まだ門の外にいる少女に声をか
けた。

「ねえ、あの、そこの二人も、ついでに入れてあげられないかな?」

 そう言ってレナが指差したのは、女戦士と大男だった。少女は訴えかけるように門番を
見つめ、門番は首を横に振って応えた。しかし少女はまた小さく、だがはっきりと言った。

「……よろしくお願いします」

 門番はまた根負けし、苦虫を噛み潰したような何とも不服そうな顔で残りの二人も招き
入れた。全員が入って、大きく音をたてて門が閉まる。女戦士がレナの横に近付いた。

「よおっ! 一応、礼は言っておくよ。ありがとさん。でもいったい、どう言う風の吹き
回しだい?」

「別に、魔封洞で助けてもらった御礼よ。気にしないで」

 レナは何でも無さそうに答えた。女戦士は小さく肩をすくめた。

「ふん。それならこっちも、借りを返すのは後回しにしといてやるよ。おい、行くぞゲオ
ルグ」

 そう大男に声をかけ立ち去ろうとする。だが

「……姐御、どこへだよ?」

 と大男が返されすぐに立ち止まった。ちょうどそこに、少女が歩み寄ってきた。

「あ……。なあ、あんた。傭兵に応募するには、どこへ行けば良いか知ってるかい?」

「それなら、今は宿屋が受付場所になっています。……あちらの道を行けば看板が出てい
るので、すぐにわかりますわ」

 少女の返事に軽く礼を返して、姐御とゲオルグと呼び合った女戦士と大男の二人はすっ
かり暗くなった夜道へと姿を消して行った。それを見送ってから、今度はレナが闇の中に
佇む少女に向けて声をかけた。

「ええと、シャリーン? 本当にありがとう! 助かったわ。一時はどうなることかと
……」

「全く、あなたは僕の命の恩人です。あのまま野宿だったら僕はこの人に……、ぐふっ!」

 レナの肘鉄を食らってアシュウィンがうずくまる。少女はそんな二人の様子に少し戸惑
いながらも、こう応えた。

「……あ、いえ、お気になさらないでください。でもあの、実は、この集落の宿屋は今、
先程のような事情で使えないのです。……それでその、皆さんが泊まる場所に困るようで
したら、もしよろしければ、私の館にお泊まりになりませんか?」

「ええ! 良いの? でもこんな急に……」

「たいした歓迎はできませんけど、小さいながらもナメアカ庄の領主の館です。お二人を
お泊めするくらいなら……」

「シャリーンさんっ!」

 会話を遮って、門番の声が飛んだ。

「明かりの用意をしたから、持って行ってください。集落の中も、もう夜道は暗いですか
らっ」

「あ……。私、ちょっと行って来ますね」

 少女は門番のところに戻った。門番は明かりを渡すだけではなく、少女を呼び止めて何
やら言っているようだ。おそらく、アシュウィン達を泊めるのを止めるように説得してい
るのだろう。

「ちょっとアッシュ、せっかくこんな良い申し出をしてもらったのに、あんた何でずっと
黙って座りっぱなしなのよ? 失礼じゃない、えいっ!」

「ぎゃふんっ! ……じ、自分でやっておいてひどい人だ。それにくらべてあの少女はと
ても優しくて良い人ですね。でも、こんな凶暴な人間は確かに泊めない方が良いと、僕も
説得にまわった方が……」

「あら、黙ってた割には随分無駄口を叩く余裕があるじゃない? そのことを、死ぬほど
後悔させてあげる!」

「わわっ! ちょ、ちょっと待って。レナさん、おかしいと感じませんでしたか?」

「はあ、何がよ? あたしのこと!」

「いや、それもそうですが、そうじゃなくて……、あの、今の少女のことです。僕達、前
に彼女に会っていませんか?」

「……え?」

 そのとき、門番と言い合いながら少女がアシュウィン達の方へ戻って来た。

「……あの、本当に私一人で平気ですから、あなたはどうか、持ち場に戻ってください」

「いえ、せめて館までお送りしないと……」

「そしたら、誰が番を務めますの? そちらの方が、私がお父様に叱られてしまいます」

「う……! では、何かあったら大きな声で助けを求めてください。集落中の人間が駆け
付けますから!」

 そう言い残して、門番は番所に戻って行った。その後ろ姿をため息で見送ってから、手
に明かりを携え少女はアシュウィン達の方を振り向いた。

「大変に失礼しましたわ。申し訳ありません。今は皆、少し気が立っておりますの。訳は、
おいおいお話し致します。それよりまず私の館に来て、旅の疲れをお癒しになってくださ
い」

 そう言って、少女はアシュウィンとレナに微笑みかけた。だが二人は、すぐにそれに返
答を返すことはできなかった。何故なら明かりに浮かびあがった少女のその顔は、森で出
会った少女――ユマ――に瓜二つだったからだ。



(続く)