[自作小説] 森の秘密と二人の少女「緑籠館の晩餐」(3) | Isanan の駄文ブログ

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「これはこれは、うちの庄の者が旅のお方に御無礼を働いてしまったようで。いや、領主
として、深くお詫びいたします」

 そう言ってシャリーンの父、ナメアカ庄の領主タボンは、軽く腰を浮かして卓に手をつ
くと深々と頭を下げた。アシュウィンとレナは今、シャリーンの館、すなわちこの庄の領
主の屋敷である「緑篭館」に招かれ、タボン、シャリーンとともに四人で晩餐を囲んでい
たのだった。

 緑篭館は、さほど大きくは無いものの領主の居館として充分によく手の入れられた、簡
素ながらも厳かさを備えた建物だった。だがいろいろと奇妙なところもあった。一つは、
部分により建築の年代が大きく違うことだ。上層部ほど新たに建て増した構造をしている。
それ自体はそう珍しいことでも無いだろうが、土台に近い部分の古さは相当なもので、そ
れはまるで、古代の遺跡かと思わせるほどの年期を漂わせていた。

 そしてもう一つ奇妙だったのが、その立地である。このナメアカ庄の集落は前にアシュ
ウィン達が見た通り、高台の崖に接してその下側に広がっていたのだが、この緑篭館一軒
だけは高台の上に、アシュウィン達が夕までさまよっていた、あの森の中に位置していた
のだ。そして崖の縁にせり出すようにして建ち、集落側から伸びる細い階段は途中で崖の
壁面に当たってそこからは地面の中を掘り進み、出入口は館の地下部分に設ける形になっ
ていた。後から建て付け加えたものと思われた。

 だがそのような奇妙さが特に今、アシュウィン達の前の晩餐に影響を及ぼしているわけ
ではなかった。燭台に照らされた食卓に並ぶ料理は素朴だがどれも手がかかっていて、客
人へのもてなしの心が感じられるものばかりだった。

「いえそんな、お詫びだなんてとんでもありません! 気になさらないでください。むし
ろこうして泊めていただけてこっちとしては感謝するばかりで、本当にありがとうござい
ます!」

 レナが応えた。アシュウィンも口の中に食べ物を詰め込んだまま無言で頷き同意する。
この返事を聞くと、タボンは満足そうな笑みを浮かべて改めて席についた。如何にも地方
領主といった雰囲気の、実直さと威厳の両方が感じられる男だった。彼は話を続けた。

「この里は街道筋から少し離れて普段から旅人も立寄らないような田舎なので、確かに他
所から来たと聞いただけでちょっと身構えてしまうような気質は元からあるのですが、そ
れにしても本来ならあんな失礼な、攻撃的な態度に出ることはないのですが……」

 そこで一度言葉が途切れ、タボンの表情が曇った。

「しかし、今はそれもやむを得ない事情があるのです。……実はここ最近、この辺りで怪
事件が相次いでおりましてな。深刻なことに行方不明者まで出ておるのです」

「まあ、行方不明者まで! ……ええとあの、それで、怪事件と言うのは?」

 レナは驚いた顔をしたが、少しわざとらしかった。怪事件と聞いて、思い当たる節があ
り過ぎるくらいだったからだ。タボンはレナの質問に答えるのにやや躊躇した様子を見せ、
逆に尋ね返してきた。

「ううむ。……お二人は、森を抜けて来られたとのことですが、何か非常に変わったこと
や、身に危険を感じられたということはなかったでしょうか?」

 レナとアシュウィンは一瞬視線を交わし、二人合わせて首を横に振った。昨日の晩より
森で体験したことを、今ここで話して良いものか判断がつかなかった。昆虫人間の襲撃に
ついて話せばどうやって切り抜けたかを、アシュウィンの体の秘密やスサクについても、
説明することになりそうでそれは避けたかったし、そして森で出会った少女、ユマに関し
て、シャリーンの前で触れて良いかどうかもはかりかねた。取りあえずは知らぬふりを決
め込むのが得策と思えた。

「そうでしたか。いや、それなら結構。無事で何よりでした。というのはあの森は、――
この里では古くから『生きとしの森』と呼び習わしておるのですが――、以前よりいろい
ろと奇怪な話の絶えぬ場所でしてな。多くの言い伝え、伝説の類いも残されておりますが、
中には、『あそこは妖魔の棲む森だ』とも……」

「我等に加護を与える、神聖な土地だとの伝承もあるのですよ」

 そのとき晩餐になってから初めてシャリーンが口を開いた。

「だから森を決して荒らしてはならないと。里の者は今もその伝統を守って、みだりに森
に立ち入らないようにしてますの。領主の使命も、それなのです。ナメアカ庄の領主は、
緑篭館の主は古より代々森の守り役を受け継いでいて、伝わるに曰く『森が繁れば館も栄
え、森が枯れれば館も滅ぶ』と……」

「そういう伝説が、あるというだけのことです」

 シャリーンの言葉に、タボンは不愉快そうな様子を見せた。

「かつてわしの四代前の先祖がこの地に赴任してきた頃、里は荒廃していてこの館も無人
だったそうです。ですからそれより昔のことは、あまり詳しくは伝わっていないのです。
ただその後に新しく入植してきた領民達も古いしきたり通り、この館の背後に広がる森に
今も足を踏み入れようとしないことは事実ですが。しかしそれは聖地だからというより、
むしろ気味悪がって近付こうとしないと言う方が近いかもしれませんな」

「お父様……」

 シャリーンが何事か言い返そうとした。しかしそのときドアの外で急に騒がしい気配が
したかと思うと、使用人の一人が慌てて部屋に入ってきた。

「あの、タボン様」

「何だ? 来客中に騒々しい」

「それが、ゲック様が来られて、急にお目通し願いたいと……」

 その言葉を言い終える前に、使用人を強引に押し退けるようにして一人の男が姿を現し
た。それは黒い兜と甲冑にマントをまとった、頑強そうな兵士だった。



(続く)