[自作小説] 森の秘密と二人の少女「緑籠館の晩餐」(6) | Isanan の駄文ブログ

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 晩餐が終わり、アシュウィンとレナの二人は使用人の案内で今晩泊まる客人用の部屋へ
と向かった。その途中、階段の踊り場に懸けられた肖像画がレナの目を引いた。

 それらは歴代領主を描いたもののようだった。そのうち真中の二枚は、他より大きくま
た新しかった。一枚はごく最近のもののようで、タボンとシャリーンが描かれている。そ
の隣りの一枚はもう少し古くて、若き日のタボンと思われる青年と、同じ年頃の女性が並
んで立つ絵だった。その女性には、シャリーンとよく似た面影があった。

「アシュウィン様、そちらではございませんよ」

 突然の使用人の声にレナが振り向くと、アシュウィンが階下で何やらごそごそとうろつ
いているところだった。

「アッシュ、あんた何やってんのよ?」

「いや、この辺の部屋は随分年期が入って見えるけど、いったい何の部屋なのかな~、と
思って……」

「おっしゃる通り、大変古いものでございますな。この館の一階部分などは創建当初より
ほとんど手が加えられてないと伝えられておりますが、ではいつ頃建てられたかと言えば、
記録が無いのでわからない、という程の古さですから。ただ古くていろいろ使い勝手も悪
いので、今では大抵物置代わりとなっております」

「へーえ。……地下もあるみたいですけど」

「地下となると内壁も崩れかけでいささか危ないので、立ち入り禁止でございます。古く
て危ないと申しましても、お客様の部屋は心配ございませんよ。見ての通り昔の土台の上
に増築を重ねてまして、上の方ほど新しくまた過ごしやすくなっておりますが、土台自体
はしっかりしていますし、客室は最上階にありますので」

「ふーん……」

 建て増しを繰り返したと言うだけに、館の構造はなかなか複雑そうだった。使用人に促
されて階段を上がりながらも、アシュウィンは質問を続けた。

「あの、さっきのゲックとか言う人は、ここには泊まってないんですか?」

「はい。今は宿屋が兵舎代わりになってまして、傭兵の方々は皆そちらにおられます。先
程は突然のことでこちらの対応も悪く、お客様を不愉快にさせ大変に失礼しました。申し
訳ございません」

「いえ、別に気にしてないので、どうかお構いなく。でもすると、タボンさん、シャリー
ンさん以外は、いるのは僕らだけですか?」

「ええ、そうなのですとも!」

 この問いかけに、思わぬほど強い調子で使用人は答えた。

「実は前に、最近いろいろと物騒なこともありましたので、『警備用に傭兵を何人か館に
置いては?』と申し上げたことがあるのです。ところがタボン様は、『あれは領主ではな
く、領民の安全を守るために雇ったのだ!』と拒否されましてな」

「へえ! 立派な人なんですねぇ、タボンさんは」

「全く、もったいないお言葉でございました。あのような方が領主で、我等はまことに恵
まれております」

 アシュウィンの言葉に、使用人は自分のことのように何度も誇らしげにうなずいた。だ
がその様子がふともの憂げに変わる。

「ただ本音を言えば、あの連中にうろつかれて里の者はかなり迷惑しておるのです。でき
れば早く立ち去ってもらえたらありがたいのですが。本当に、こんなことにさえならなけ
れば……」

「こんなこと……、怪事件、いや、連続誘拐事件のことですね?」

 こう聞かれて、使用人はすぐには返事をしなかった。しばらくアシュウィン達を様子を
窺うように見つめてから、彼は口篭もりつつまた口を開いた。

「むむ……。誘拐なのか失踪なのか、ともかくそのことです。何にせよ我等としては、一
刻も早く解決して、そしていなくなった者が無事に帰ってきてほしいと。元の平穏な生活
に戻りたいと。そう願い、祈るばかりです」

「誘拐ではない、可能性もあるんですか?」

 使用人は再び押し黙った。答えて良いものかどうか、躊躇しているようだった。先程よ
り長い沈黙の後、彼はもう一度話し出したが、やはり歯切れは悪く口振りは重たかった。

「さあ、何ぶん今度のことは、我等には窺い知れぬことが多くて……。ただ誘拐だとした
ら、いろいろと合点のいかぬ点があり過ぎるのです。金品の要求があるわけでなし、庄の
外に連れ去った様子もなし。となればそれでいったい、何が目的だと言うのか……」

 そこでいったん言葉を切ると、使用人は周囲に視線を巡らせた。目に見えぬ何かに対し
て、警戒をしているように見えた。そして声を潜めて続ける。

「……これは、里の者達が誰とは無しに口にしておることなのですが、最近起こった一連
のことは全て、森に棲む妖魔の仕業ではないか、と言うのです」

「森の……、妖魔ですか?」

「そうです。あの森で長く眠りに就いていた何かが、遂に目覚めたのではないかと――。
もちろん、ただの噂話です。賊徒が森に侵入したと考える方が、まあ妥当でしょう。ただ、
あの森が普通と違うのも、また事実なのです。何もいないはずなのに、確かに何かがいる
ような……。いや、むしろ、森自体がまるで生きてでもいるかのような……」

 そこまで言ったところで、使用人は足を止めた。客室に着いたのだった。

「さあ、ここがお客様用のお部屋でございます。こちらとあちらの、二部屋をお使いくだ
さい。それと、つい長々と喋ってお客様が不安になるようなくだらないことを申してしま
いましたが、この緑篭館が里で最も堅牢な建物であることはもう間違いありませんので、
安心してお休みになってくださいませ。では、私はこれで」

「あ、ちょっと待ってください。最後に一つだけ」

 立ち去ろうとする使用人をアシュウィンが呼び止めた。

「あの、さっき行方不明は全部森で起きたと聞いたのですけど、そんな森に、何で皆さん
近付くんでしょう? 何か事情でもあるんですか?」

「それは、近隣への用事を済ますのに森の中を抜けないと、どうしても不便なこともある
からです。それに何だかんだ言っても、ずっと慣れ親しんだ場所でもありますし。別にこ
れまでは、今回のように怪異が続発することもありませんでしたからな。我等にとって森
はまだ、やはり恐れとともに、敬いの対象でもあるのです。……たださすがに、好き好ん
でまで入ろうと言うのは庄の中でも、……そうですな、シャリーン様お一人だけですな」



(続く)