[自作小説] 森の秘密と二人の少女「緑籠館の晩餐」(10) | Isanan の駄文ブログ

Isanan の駄文ブログ

… 自作小説(?)やら何やらの駄文を、気が向いたときにだらだらと書き連ねて行くブログです


「――その赤ん坊というのが、私のことです。ですから、私の中の母の姿は、あの階段の
ところに懸けられた父とともの肖像画、あれだけなんです」

 最後にそう付け加え、シャリーンは話を語り終えた。

「そうだったの……。あの森で、昔そんなことがあったなんて……」

「それから、父は私をこの館に連れ帰り、妻を亡くした悲しみを乗り越え、男手一つでこ
こまで育ててくれました。そのことには、とても感謝しています。でも……」

 今まで沈んだ調子だったシャリーンの声が、そこで急に大きさを増した。

「でも、父の森に対する態度は許せないんです! 父は、森のことを良く思っていません。
きっと母を、森に奪われたと感じているのでしょう。でもだからといって、緑篭館の主が
その使命に反し、森の守り役の任を放棄することなどあっては……!」

「シャリーン……」

 少し興奮する様子のシャリーンに、レナが穏やかに声をかけた。

「あなたがそんなに森にこだわるのは、森があなたにとって唯一の、お母様との思い出を
与えてくれる、とても大切な場所だから、なの?」

「え……。い、いえ、私はただ、緑篭館の主人のあるべき姿を……」

 シャリーンは少し動揺する様子を見せたが、構わずレナが続ける。

「あなたとお父様は、森に対する姿勢こそ反対になってしまったけど、でもそれはどちら
も亡き奥方、お母様に対する思慕の情の、強さから来たことなのじゃないかしら? だと
したら、形は違っていても二人の心は同じで、きっとお互いにもっと理解し合うこともで
きるはず。私はそう思うのだけど、違う?」

「…………」

 レナの問いかけには答えずに、シャリーンはうつむいた。しばらくはまた沈黙が続く。
すると急にシャリーンは立ち上がり、レナが止める間もなくドアに駆け寄って、そこでく
るりと向き直り頭を下げながら言った。

「あの、今日は、こんなに遅くまでごめんなさいっ! お客様のご迷惑も考えずに、私っ
たらすっかり話し込んでしまって……」

「え……、そんな、全然構わないのよ」

「いえ、本当は、ちょっとお詫びを申し上げるだけのつもりでお伺いしたのです。それが、
お二人ともお疲れのところを、こんな長居をしてしまい申し訳ありませんでした」

 そう言ってシャリーンはドアを開き部屋の外へ一歩踏み出し、そこでまた振り向いてこ
う付け加えた。

「……私がレナさん達をお招きしたのは、里には年の近い友人も少なくて、それに外の土
地の話も聞いてみたくって、それでお誘いしたんです。なのに、ずっと自分の話ばかりし
てしまって……。私って、本当に駄目ですね。でも、お蔭で今晩は久しぶりにとても楽し
かったです。ありがとうございました」

「うん。私も、こうやって同じ年頃の子と親しく話すことが今まであまりなかったから、
すごく楽しかったわ。だから、あの……」

 レナはなおも話を続けようとしたのだが、シャリーンは就寝の挨拶を述べ丁寧にお辞儀
をすると、引き止める間もなくドアを閉め、部屋を去って行った。レナは何とか挨拶を返
す他は、半ば呆然とそれを見送ることだけしかできなかった。



 その後もレナは、シャリーンの去ったあとのドアをしばらく見つめていたのだが、やが
て一つ息を吐き出すと、窓の方へ向き直りそこに立つアシュウィンへ厳しい視線を送った。
それを受けて、アシュウィンが口を開く。

「……大事なものなら、もっと大切にした方が良いんじゃないですか?」

 返事代わりにレナは勢い良くぬいぐるみを投げつけた。だがそれはアシュウィンに当た
る前に風の壁に受け止められ、またふわりと宙を飛んでレナの手元に戻った。

「もーおっ! あんたは何で、ずっと黙りっぱなしなのよ?」

「いやー、さっき黙ってろと言われたから、そっちの方が良いのかなー、って」

「くくっ……、ほんっとうに口の減らない奴ねっ!」

 レナはまたぬいぐるみを投げようかと構えたが、それはあきらめ代わりに膝の上におろ
しポカポカと叩き、それも思い直して、今度は抱きかかえて優しく撫ぜさすった。アシュ
ウィンは困ったような笑みを浮かべその様子を見ながら、話を続けた。

「シャリーンさんの話を聞いて、彼女のことやこの館の事情はいろいろわかりましたが、
謎を解く役にはあまり立ちませんでしたね」

「謎……、ああ、シャリーンが来る前に話してたこと?」

「そうです。話をそこに戻すと、僕の考えでは続発する怪事件の犯人は、やっぱりあの昆
虫人間に間違い無いと思いますね。それに、森での反応から見て彼等が闇の勢力の一派で
あることも、また間違い無いでしょう」

「うーん……」

「ただ、その目的となるとどうでしょうか? レナさんがあの隊長に言った通り、行方不
明はどこへ消えたかわからないから行方不明です。そしてそれがわからなければ、相手の
目的に見当を付けるのは、かなり難しいのではないかと……」

「ふーん……」

 アシュウィンは話を続けていたが、レナはベッドに横になって、毛布を引き上げてくる
まると、ぬいぐるみを抱き寄せ目を閉じた。

「……あのー、どうしましたか?」

「はあ? 見ての通り、もう寝るのよ。今日はもう遅いし、あたし疲れてるんだからっ!」

「……えーと、まだ何かと結論が出てないことがある気がしますが……」

「わかんないものはわかんないわ。おやすみ!」

 そう言ってレナは頭から毛布をかぶった。アシュウィンはしばらく呆れたようにレナを
見つめたが、どうやら本気でもう寝る気のようだと判断して、小さくため息を吐いてから
ドアに向かった。そこに後ろからレナの声が飛ぶ。

「ちょっとアッシュ!」

「は、はい?」

「明日は、いったいどうするつもりなのよ?」

「ええ? えーとあのー、今ここでそれを聞かれましても、話の流れからして何と言いま
しょうか……」

 アシュウィンは言葉に詰まりながら最善の解答を探したが、肝心の尋ねた方のレナとい
えば、長い黒髪だけ覗かせ毛布の中で丸くなって、もう聞いている風も無かった。アシュ
ウィンはまた一つため息を吐いた。そしてドアを開け部屋から出ながら、こう答えた。

「明日はまた、明日の風が吹きますよ。……ね? それじゃ、おやすみなさい」

 その言葉とともに部屋の中に風が吹き起こり、ランプの火を消した。アシュウィンがド
アを閉めると、部屋は暗闇に包まれた。あとはただ、規則正しくレナの寝息が響くだけだ
った。



(続く)