[自作小説] 森の秘密と二人の少女「森の奇妙な一夜」(1) | Isanan の駄文ブログ

Isanan の駄文ブログ

… 自作小説(?)やら何やらの駄文を、気が向いたときにだらだらと書き連ねて行くブログです

 深い森の中で少女が一人、大木に身を寄せていた。丈高き木々が鬱蒼と繁って日の光を遮
り、夜かと見まごうほどに暗く影を落とし付けた。湿り気を帯びた空気がそこに満ちて、少
女の体を冷やりと包み込んでいた。

「……もう少し、だから……」

 少女は呟いた。苔むした樹皮に全身を添わせて、あたかも体中で木々の声を聞き言葉を通
じ合わせているようであった。

「もう少ししたら、自由の身に……」

 応えは無く、微かな風のざわめきと遠くの鳥のさえずりだけが響いた。少女の声はただそ
のまま、森の奥底に飲み込まれていくように見えた。だがそれでも、まるで自身が幹と一つ
になるのを望むかのように、少女はいつまでも巨木にか細いその身を委ね続けていた。

 ***

 森の中を薮をかき分けて進む二つの人影があった。一人は少年で左手に杖をつき灰色のフ
ードをかぶり、もう一人は少女で白いマントに長い黒髪を垂らしていた。薮に覆われた道無
き道を難儀しながら進んでいたのだが、少年は立ち止まって少女の方を振り向き一息ついて
から言った。

「これは……、完全に迷いましたね」

「……どう言うこと?」

 少女の返事の声には押し殺した怒りの響きがこもっていた。

「つまり、このままだと今夜は野宿です」

 少女の正拳突きが顔面にめり込み、少年は薮の中に倒れ伏した。フードがはずれ露わにな
った少年の髪は、右側だけ白髪と化していた。

「……い、いきなりいったい何を?」

「冗談じゃないわよ! どうしてあたしが、こんなところで野宿なんかしなきゃならないの?
絶対に嫌っ!」

少年はアシュウィン、少女はレナだった。ラーナティアを出発してから数日が過ぎていた。


 すでに日はだいぶ傾いていた。背丈ほどもある薮で視界も効かず、どこを目指すにしても
進む方向の見当すらつかない。アシュウィンは杖を頼りに立ち上がった。

「レナさんのこの、僕の背中の荷物には、そのための用意もちゃんとしてあるんでしょう?」

「用意はあるけど、心の準備ができてないのよ!」

「そんな身勝手な……」

「うるさいわね! いったい何でこんなことになったと思っているのよ?」

「喉が渇いたから沢に下りたいって、街道をはずれる道を選んだのは誰でしたっけ?」

 レナはぐっと言葉に詰まった。

「い、良いわよ! それならあたしが、意地でも街道へ戻る道を見つけ出してやる!」

そう言ってずんずんと薮の中を突き進み出した。

「ああ、そっちは危ないですよ!」

 いきなり前の薮が切れて、急峻な斜面が現れた。勢いの付いていたレナは止まることがで
きず、足を踏み外した体が中に浮いた。アシュウィンの鋭い声が響いた。

「スサクッ!」

声に呼応するように、突如として風が轟と吹き上げた。それはレナの体を押し戻し、転落を
免れてレナは薮の中に尻餅をついた。

「大丈夫でしたか?」

「……あ、ありがとう」

「いえいえそんな、どういたしまして」

 レナの拳が走り、顎を打ち抜かれてアシュウィンはまた薮の中に倒れ込んだ。

「あんたじゃ無くて、スサクに言ったのよ!」

 スサクは風の属性を持つジンである。ジンとは精霊や魔神とも呼ばれる目には見えない意
思ある存在のことで、人知を超えた力で様々な自然現象を起こし崇拝の対象にも、また畏怖
の的にもなっていた。そしてスサクは、アシュウィンの使役するジンだった。

 レナは腰をおろしたままうつむき深く息を吐いた。

「はーあ、あきらめて覚悟を決めるしか無さそうね」

「それが良いですよ。じゃないと僕の体が……、ん?」

顔を上げてレナが見ると、アシュウィンは中空に視線を向けていた。その目は風の動きを追
っている。かさかさと薮を鳴らして、風が一筋の道を描いていた。

「スサクが何か見つけたようですね。行ってみましょう」


続く